温泉事業の沿革

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更新日:2023年03月01日

土肥・小土肥・八木沢温泉の事業の沿革

土肥温泉の沿革

温泉マークの下に土肥温泉源と書かれた鉄塔の写真

下庄田源泉

1.近世から近代の土肥温泉、そして枯渇まで

 土肥温泉は延宝年間の1670年代終わりごろから、鉱の湯と称する温泉が湧出していたものが始まりといわれています。
近代土肥温泉は、明治33年に馬場(ばんば)地区に飲料用井戸を掘ったところ、温泉が湧出してきたものが始まりです。その後、温泉の掘削が盛んに行なわれ源泉数は43本余となり、土肥温泉の名はにわかに高くなりました。この時代には個人で源泉を所有していました。しかし、昭和初期頃から鉱山が坑道掘削を進めるにしたがい、次第に温泉湧出量が低下して、遂に枯渇してしまいました。

2.第二次世界大戦後の土肥温泉

 坑内温泉により復活
 昭和24年に旧土肥町(以下「町」と略す)と鉱山が協定を結び、坑道内に湧出する温泉を鉱山が無償で供給することになり、これにより土肥温泉が復活しました。
昭和29年にこの温泉権について、町・温泉組合・鉱山の三者により協議し、

  1. 鉱山は坑内に湧出する温泉を地上に揚湯し、温度保持のため坑内水毎分20トンの排水をも行なう。
  2. 温泉組合は旧源泉毎にカロリー計算により供給量を定め、無償とし他に優先する権利を確保し、町は配湯施設を施工し運営管理一切を行なう

以上で合議に達し、昭和29年5月温泉条例、及び温泉審議会条例を制定し、町営温泉として出発しました。

3.現在の土肥温泉

 昭和36年、坑内に湧出する良質な温泉を大量に揚湯する目的で、中村地内においてボーリングを実施しました(三脈[さんみゃく]源泉)。昭和42年、新温泉を求めて4ヶ所にボーリングを行い、幸い4本とも温泉の湧出に成功しました。さらに昭和44年には、温泉管理の合理化として、集中管理方式による循環配湯設備を施行しました。
集中管理の効果

  1. 供給温度の均一化により不平不満の解消
  2. 管内圧力の均一化により規定量の分湯ができる
  3. 源泉の保護ができる
  4. 給湯量の増加により、使用料の増と供給原価の低下

この結果新旧5源泉の活用により供給量が倍増したので収益の増加、経費の減少ができ、公営企業として独立採算の見通しができました。
しかし、観光宿泊施設の新設拡張等により給湯要望が増えてきたこと等の状況を考慮して、昭和51年より新源泉掘削調査をし、昭和54年5月下庄田源泉の掘削に成功し、貯湯槽の建設等の後、昭和55年7月より計量制適用による増給湯を実施し温泉の有効利用が計られました。
 その後、温泉の利用効率の向上と維持管理費の軽減を目的に動力装置(水中ポンプ)変更を計画し、昭和62年下庄田源泉、平成2年水口洞源泉・三脈源泉、平成4年中村源泉、平成8年水口・山の神源泉を施工しています。
 変更前のエアリフト方式は、コンプレッサーにより圧縮空気を源泉井戸に送り揚湯するもので、コンプレッサーの作動音が大きい、空気にさらすことで湯の華が発生しやすく、給湯管をつまらせやすい、などの欠点があったため改善したものです。

小土肥温泉の沿革

山々に囲まれた温泉マークと小土肥温泉源と書かれた小土肥源泉の写真

小土肥源泉

小土肥地区には古時より低温度(27.8℃)の温泉が自噴していましたが、浴用には使用できず、そのため付近に300メートルくらい掘削し、高温度の温泉を湧出させ浴用として使用し、旧土肥町の観光開発の一環としようと、昭和32年に温泉を掘削しました。その結果1分あたり180リットルで32℃の温泉が深度300メートルより湧出しました。しかし、32℃の温泉は低温であるため使用を見あわせ、そのままにしたので自然埋没してしまい、昭和41年温泉採取廃止をしました。
昭和41年度に再度高温の温泉源を求める目的で、福島大学教授三本杉博士に温泉調査を依頼した結果、小土肥大川の川沿いに極めて有望な温泉源があると報告を得ました。昭和45年に調査の結果、有望候補地であるミカン畑において温泉ボーリングを実施し、深度600メートルのところで揚湯量1分あたり600リットル、温度45.0℃の温泉の湧出があり温泉ボーリングに成功しました。
配湯配管については土肥温泉の集中管理の設計者財団法人中央温泉研究所に循環配湯施設の設計を依頼し、昭和48年度事業で集中管理による循環配湯施設を実施しました。以来、順調に運営されてきましたが、平成2年揚湯量が著しく減少し、維持管理に支障が生じたので、源泉井増堀と合わせて動力装置を水中ポンプへ変更し、安定した揚湯量を確保しました。
 しかし塩分が強い泉質のため、平成10年頃から揚湯量が減少し、井戸ケーシングの腐食による錆が水中ポンプを詰まらせていることがわかり、崩壊の危険もあって井戸ケーシングの保全が急務となりました。そこで平成15年1月にステンレス(SUS-316L)によるダブルケーシング化を施工しました。

八木沢温泉の沿革

八木沢温泉は、国民宿舎の浴用温泉とし、なお余りのある場合は温泉プール等観光施設、又は共同浴場、旅館等に利用するという主旨で、昭和40年福島大学教授三本杉博士に八木沢地区の温泉調査を依頼したところ、温泉開発は有望であるとの報告を得ました。
昭和40年7月掘削の許可を得て、許可深度650メートルまで掘削しました。しかし成功せず、昭和41年5月増堀350メートルの許可を得て掘削し、691メートルの箇所で温度34℃湧出量1分あたり400リットルの温泉ボーリングに成功しました。
昭和43年に延長730メートルの配湯管工事を施行しました。
その後維持管理費の軽減を目的に動力装置(水中ポンプ)変更を計画し、平成3年施行し、現在にいたっています。

この記事に関するお問い合わせ先

上下水道課 業務スタッフ
伊豆市八幡500-1
電話:0558-83-3950 ファックス:0558-75-7177
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