土肥の遺跡

①長藤平遺跡(縄文時代中期)
伊豆市八木沢字長藤(ちょうふじ)1927~2034番地に存在し、約15,000㎡余の広範囲に遺物が散布している。

現在の時点にて土肥地区最大の縄文時代の遺跡である。その位置は国道136号線が八木沢の沖積地を横断して、大久保方面へ大きく右折するその南東の丘陵地で、長藤地区の南西丘陵上でもある。標高は55~56メートルで、この丘陵上の平坦部に谷戸・宮の窪の両遺跡も存在する。遺跡は現在約半分以上が柑橘類の果樹園となっており、採集できる部分はさほど広くない。

採集された遺物は、打製石斧・磨製石斧・石匙・石皿・磨石・石鏃などの石器類と、縄文式土器及び少量の土師器などの土器類であった


②谷戸遺跡(縄文時代中期)
伊豆市八木沢字谷戸にあり、長藤平遺跡よりほぼ北方約200m位のところで、白山神社の裏手(南西側)の丘陵上の張り出した部分に位置し、標高約52~53mである。遺跡は比較的小範囲であり、北東側の斜面にも若干遺物の散布が認められる。

採集された遺物は、石皿・磨石・石鏃などの石器類と縄文式土器及びわずかではあるが土師器などの土器類の破片である。


③宮の窪遺跡(縄文時代中期)
伊豆市八木沢字上野にあり、通称宮の窪と呼ばれるところである。谷戸遺跡の北東側の丘陵が小さく張り出した部分にあり、白山神社の横手(北側)に位置し、標高約50~51mである。遺物の散布する範囲は小さく、採集された遺物も少量である。

採集された遺物は土器片数片と石鏃であり、土器片は非常に風化が激しく文様の判別されるものはない。石鏃も数点である。少ない遺物であるが縄文時代の遺跡である。


④小磯遺跡(縄文時代中期)
伊豆市小下田字小磯2421番地に存在し、国道136号線の下方に位置し、山から海岸に向けてなだらかに傾斜する尾根の一平坦部と、尾根の間を流れる洞川左岸にある小湧水のある付近より遺物が採集されている。採集された遺物は、高坏の脚部の他に土師器の小破片が採集されている。

⑤坂遺跡(縄文時代)
伊豆市小土肥字坂にあり、小土肥の出口から土肥の大薮にいたる旧道の小土肥側で、以前民家があり現在は空き家になっている所の西側丘陵上で、標高約50mのところに位置する。採集された遺物は、良質の黒曜石と縄文式土器と思われる土器片数片で縄文時代の遺跡と思われる。

⑥新田遺跡
伊豆市土肥新田から過去に細型石棒が出土したが、その出土地はまったく不明で、土肥新田付近から出土したということしかわかっていない。この石棒は全長39.1cmで片側に頭部を有するもので、器面全体によく磨かれており、断面形は楕円形を呈する。


⑦禰宜山遺跡(弥生時代後期か古墳時代初頭)
伊豆市小土肥字禰宜山(ねぎやま)794番地に存在し、小土肥出口地区の南側丘陵の麓に横穴状の堀込みがあり、入口部の高さ約1.7m、幅1.6で現在は湧水により水沈して内部に入ることが出来ない。土地所有者のY氏の話によれば、奥行き約6mで、内部に石組みの炉址があり、その天井部にも小範囲に煤状炭化物の付着が認められたという。

なお本遺跡から出土した遺物は、壺型土器1点と台付甕型土器の台部および甕型土器の破片が出土している。そのほかに自然遺物としてカキと思われる貝殻片が出土している。


⑧出口遺跡(古墳時代?)

伊豆市小土肥字出口にあり、小土肥の沖積地のほぼ中央で、八幡神社裏手一帯に位置する。ここより土師器の小破片が採集されていて、小破片のため時期は不明であるが、古墳時代のものと思われる。


⑨貝積場遺跡(古墳時代)

伊豆市小下田字貝ヶ窪2123番地にあり、通称貝積場(かいつんば)といわれている所である。

丘陵の斜面にあたるこの遺跡は過去に土師器片や貝殻等が出土し、以前国道136号線の拡幅工事の際にも遺物の出土をみたという。現在ではこの付近での遺物の採集は皆無で、最近の国道136号線の改修拡幅工事でも遺物の出土をみなかった。したがって以前の国道拡幅工事の際に破壊されてしまったと思われ、遺跡は小規模のものであったと考えられる。また、貝殻等が出土していることを考えれば小貝塚であった可能性もある。

出土した遺物は現在散逸してしまい、遺物は保管されていない。遺物が残存していないために正確なことはわからないが、古墳時代の遺跡であったと考えられる。


⑩火振遺跡(古墳時代中期)

伊豆市土肥字火振(ひぶり)にあり、昭和52年4月に発見された古墳時代中期のものと推定される遺跡である。

本遺跡は、屋形海岸の火振川西岸に位置し、発見のきっかけとなったのは、桂川シーサイドホテル従業員宿舎建設のため、その基礎工事を行っていたところ、地下1.5mのところから出土した。このとき、すでに基礎工事の堀削は大部分終了していたため、4月28日から5月1日までの間緊急発掘調査を行った。調査区域は、幅2.5m長さ6.0mの小範囲であったが、遺物含有層までの深さは1.5~1.8mと深かった。この発掘調査により土師器・杯・壺・鉢など多くの土器や須恵器も杯・高杯の破片が少量出土した。


⑪丁田遺跡(古墳時代後期)
伊豆市小下田字町田2466番地に存在し、小磯遺跡と尾根一つ隔てた西側の水田地帯で、水田は海岸へと続いている。水田の中央を流れていた東川は現在東折されて洞川に合流している。遺物はこの東川の改修工事の際に出土したというが、その出土地点は明らかでなく、現在遺物が採集されるのは旧東川の河口部でわずかに土師器・須恵器の小破片が採集されている。出土した遺物は須恵器の長頸壺と土師器及び穴のあいた石製品である。

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